夢に向かって挑戦する人

夢を叶える為に私が選んだ道

1957年、大阪府出身。学生時代、第15回ミスエールフランスコンテスト準ミスに、約6500人の中から選ばれる。1976年より松竹株式会社芸文室に所属し、「どてらい男」「暴れん坊将軍」などに出演。現在は三喜プロモーションにて女優を続ける傍ら、イベントやグッズの企画制作を行う。

田中 綾子さんのストーリーインタビュー

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「ものを作り出す仕事」が天職だったと言えるように

女優として、企画制作スタッフとして

これまでの経験があるからこそできる仕事

数年前松平健さんのマツケンサンバが大ヒットした当時、事務所内の仕事が混乱するほど忙しくなってしまって、その時以来女優の仕事に加えて、事務所の中でのお仕事にも携わるようになりました。現在も、松平さんのファンクラブの運営、オリジナルグッズやイベントの企画制作などを行っています。ヒールを履いての立ち仕事も多くて、足や腰がつらいなと思うこともありますが、姿勢よく胸をはってみなさまとお会いすることを心がけているんです。姿勢は印象を大きく左右するものですからね。

女優のときもそうでしたけど、共演者やスタッフの方と一緒に1つのものをつくりあげていると、初日が開けた時にはうれしかったり、できないことがあった時は反省したりといろんなことがあるんです。今はスタッフに近いところにいますけど、「ものを作り出すこと」に関わるということには変わりないですからね。芸能界の仕事は本当に好きで続けてきた仕事ですし、やっぱり何かを生み出す仕事が自分に向いていると思うんです。これまで女優としてお仕事に関わっていた時には、自分の役のことだけ考えれば大丈夫だったんですが、そのためにスタッフの方がいろんなサポートをしてくださっていたんだなっていうことを、この仕事をはじめてからひしひしと感じています。写真:田中 綾子さん
企画制作担当としての仕事に、これまでの経験が活きている。
1つのものを全くゼロのところから完成させていくっていうのは、お互いのチカラを合わせて、心を寄せていかなければいけないんだなってことを改めて知ることができました。

こうやっていろんなことをしてますけど、いままでの経験は現在に活きているなと思いますね。例えば進行表の制作にしても、過去にやった司会やイベントの経験が役に立っているんです。20代の頃の、あまり経験のないわたしならできなかったかもしれないと思うことも多いんですよ。

これからもものづくりに関わる

どんどん新しいことに挑戦し続けたい

女優という仕事は、わたしの中で大切なものです。いろんな年齢の方がいる職業なので、ずっと続けていきたいなと思っています。そして、やっぱり企画制作やものづくりにもどんどん関わっていきたいんです。これから人生はまだまだ長いですし、人間誰しも自分の可能性なんてわかりません。それに、芸能界というものづくりの世界で、まだまだやっていないことがたくさんありますからね。毎日、次は何ができるかなっていうふうに考えながら生きていられるのは、本当にうれしいことだなって思います。人生をいつ振り返るのかわからないですけど、あとになって今の自分を振り返った時に、天職だったなって言えるようにしていきたいですね。何かを作り上げて味わう達成感や喜びを知っているからこそ、これからもどんどん新しいことに挑戦していきたいと思っています。

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田中 綾子さんが使用するボディケアグッズ

ファイテン 酪酸菌
写真:ファイテン 酪酸菌
セラミッククリーム
写真:セラミッククリーム
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